エゴイスト  〜手塚side〜




時々、自分が何をしたいのか、解らなくなる時がある。

そういう時、決まって俺の思考は停止している。

…第六感、本能。そんな言葉に従って、結論を出すんだ。

例えそれが良い事でも、悪い事でも…

俺自身がやりたいように自由に行動させる。


「…菊丸…」


不二にメールを転送してから数時間後、菊丸が俺の家を訪ねて来た。

予想通りの事だから、俺は別段驚いたりはしない。

菊丸は怒っているのか、それとも走ってきた為か…肩で呼吸をしながら、俺を睨んでいた。


「ねぇ手塚、アレはどういう事?」

「………何の事だ」


菊丸の大きな目と、視線がぶつかり合う。「分かってるくせに」…そう呟かれて、俺は苦笑を洩らした。


「…ここではなんだから、上がれ」

「…家の人は?」

「今は居ないから安心しろ」


俺としても、これからする会話を家族に聞かれたりなどしたくない。

そう目で訴えると、菊丸は溜息をついてから、家に上がった。

「先に行ってろ」と伝えて、俺は飲み物をとりにキッチンへと向かった。

以前レギュラーは招いた事があるから、部屋の場所は知っているはずだ。


「何でチャンスを棒に振ったの?」


部屋に入るなり、菊丸は俺を責めるような口調で詰め寄って来た。

確かに彼にとって、俺の行動は納得出来ない点が多かっただろう。


「手塚が上手く不二を口説けば、俺は今頃おチビと付き合えてたのに…!」

「…菊丸、お前いつから越前に乗り換えたんだ?もう不二は好きじゃなくなったのか?」


俺の記憶が正しければ、一週間以上前までは、不二を好きでいたはずだ。

…なのに。その口ぶりでは、今は越前しか見ていないようだ。


「ちょっと前にね。おチビの事はちゃんと好きだし…それに、おチビだと色々都合がいいんだ」

「…不二の興味を引ける、か?」

「!…なーんだ、そこまでお見通しなんだ?」


俺の言葉にピクリと反応した後、菊丸は意地の悪い笑みを浮かべた。


「おチビと付き合って、不二に…憎しみでもいいから、俺に対して感情を持ってもらう…」

「恐ろしく健気な考えだな。それに…子供のエゴだ」

「分かってるよ、そんなの。おチビを利用しちゃいけないって…。でも、不二と一緒に居るよりは、俺との方がいいんだ…」


菊丸は、悔しそうに唇を噛み締めると、俺が用意したジュースを一気に飲み干した。

こういう表情は…初めて見た。感情をストレートに出すから、こういう風に気持ちを押し殺す真似はしないと思っていた。


「不二はね、おチビを手塚の身代わりにしてるから。あれじゃ…おチビが可哀相だもん」

「…俺のせい、か…」


少しだけ、胸がチクリと痛んだ。俺のせいで、越前が悲しい思いをする事になる。

けれど…今更不二を奪い取ってしまうのと、その事実を知るのでは、どちらが残酷だと言える?


「俺は、その事実を知る方がマシだと思うが」

「…そう思う?まぁ、どっちにしても…おチビにはいい迷惑だよね」


…そう。越前は巻き込まれているだけ。

俺と不二と菊丸の恋愛に。三人の男に弄ばれていると解った時、アイツはどうするのだろう。

…俺に嫌われていると知った時でさえ、死のうとまでしたんだ。穏やかには解決出来ないだろう。


「で、手塚はどうなの?…動く気になった?」

「…分からない。動くとしても、俺はどちらへ動けばいいのか…」

「!まさか…手塚…?」

「あぁ、不二だけじゃない。俺は越前にも興味がある。…無論、恋愛とは別感情だがな」


「恋愛とは別」そう聞いた途端、菊丸は疲れたように脱力してみせた。

…俺だって鬼じゃない。一度憎んでいる事を伝えた相手を、好きになるような真似はしない。


「ふぅーん、手塚がおチビをねぇ。でも案外、その気持ちはおチビにしてみれば嬉しいかもよ?」

「…まさか。憎んでいると言われたのに、まだ好きでいるような愚かな奴ではないだろ」

「そっかなー?不二が手塚を想ってるように、おチビも手塚の事…まだ好きだと思うけど」


菊丸はつまらなそうに呟いた。…それはそうだろう。菊丸にしてみれば、好きな相手が自分に関心を寄せていないのだ。

あるいは、俺が妬ましいのかもしれない。


「その様子だと、失敗したのか?」

「おチビの事?…うん、おチビの目には、不二しか映ってないんだもん」

「そう思うか?俺は、まだ可能性があると思うが…」


俺の言った言葉に、菊丸はピクリと反応した。

獲物を狙うような、ギラギラした視線を向けて。


「どういう事?」

「本当に不二だけを思っているなら、写真の事で脅された事を話していたはずだ。…けれど、越前はそれをしなかった」

「…つまり、まだ完全に不二に心を許してないって事?」

「ああ。表面では不二を好きでいても、心で一線を引いていると思う」


最初は、不二の事を警戒していた越前だ。

心を開かれていたのは、俺や菊丸の方。いくら不二でも、そう簡単には落とせないらしいな。


「…じゃあ、まだチャンスはある?」

「お前次第じゃないのか?越前は、抱かれるかも、という事を前提に来たんだ。…可能性は有る」

「けど〜、拒否られちゃったし」

「押しが弱いんだろ…」


俺は溜息をつくと、ベッドの淵に腰掛けた。

今頃は…あの二人、抱き合っているのだろう。…何故かイライラする。

俺は…不二と越前、どちらに嫉妬しているのだろう…


「そう言えばさ〜、俺と手塚だけだよね、身体の関係がないのって」

「…何を言ってる?」

「だって手塚は不二とおチビ、両方とキスぐらいはしてるでしょ?俺も二人とあるし、二人は今セックス中だろうし」

「俺とお前だけ、何もない関係って言いたいのか?」

「そゆこと」


菊丸はニッと笑って見せた。この表情に騙される者が多いが、これでも策略家だ。

瞬時に物事を判断して、上手く自分のメリットを作りあげる。…油断出来ない、笑顔だ。


「だから、試しに俺とセックスしてみにゃい…?」


腰掛けている俺の隣に、菊丸は座った。

いつも見ている子供っぽい表情ではない。艶かしい、誘うような表情。…その顔で、不二とヤッていたのか。


「俺が下でいいよ…たまには、挿れたいでしょ?…不二の時は、逆だったもんね?」

「…その事は口にするな」

「だったら、俺を黙らせてよ?ねぇ、その口で塞いで?」

「後で文句を言うなよ」


俺は乱暴に菊丸の身体をベッドに押し倒すと、シャツをたくし上げた。

舌を鎖骨から胸の飾りへと這わせる。菊丸の身体がぶるりと震え、いっそう官能的な表情になった。


「…手塚ってば、やっぱ溜まってんじゃん。一人でしないわけ?」

「余計なお世話だ。それに…お前が発散させてくれるんだろ?」


菊丸の身体をぐいっと持ち上げ、上下を反転させた。


「舐めろよ」

「…手塚の、やっぱおっきい…」

「当たり前だろ。不二や越前と比べるな」


俺が苦笑を洩らすと、菊丸は顔を埋めて、舐め始めた。

すでに先走りの液が流れ、菊丸の口や指を濡らしていく。


「…流石に上手いな。不二のおかげ、か?」

「ん…まぁね」

「…もっと奥まで…」

「んふ…ぐ…」


俺が菊丸の頭を押しやると、喉に当たったのか、苦しそうに呻いた。

それでも止める事はない。勿論、止めさせる気も無かったが。


「もういい…お前の中に出す」

「…中に出すのぉ〜?」

「不満そうだな。誘ったくせに」

「だって、掻き出すの面倒なんだよな…わぁっ!」

「黙ってろ」


菊丸の腰を持ち上げ、四つん這いの格好にさせた。

これ以上文句を言われて長引くのはごめんだ。


「挿れるぞ…」

「…はぁ、いいよ。もう覚悟決めた」


俺はゆっくりと挿入し、腰を奥まで沈めた。

時折聞こえる喘ぎ声。表情こそ見えないが、それほどの抵抗はないようだ。

…流石不二、だな。


「いつも不二とは、何をしてた?」

「…あ…なにって…別に…んん!」

「もっと激しい方がいいんじゃないのか?それとも不二は、優しいのしかしてくれなかったか?」

「なっ…!」


図星だったのだろう。菊丸が言葉につまったのを確認すると、俺は腰を動かした。

相手の身体など気遣わない、乱暴な動きで。

喘ぎ声に混じって、苦痛な声も室内に響いた。


「ああ…!てづか…ぁ…も…と、やさ、しく…!」

「俺の性欲処理に協力してくれるんだろ?」


耳元で囁いて、俺は最奥まで腰を沈めた。

途端、菊丸の身体が崩れ、俺はその意識を失った身体の中に欲望を吐き出した。


「…菊丸?」


ベッドに沈んだ身体を持ち上げ、頬を軽く叩いた。が、一向に反応はない。


「弱ったな…」


仕方なく菊丸の中から掻き出し、綺麗にすると、その身体に毛布をかけた。


「無理をさせたか…」


いつまでたっても、俺はエゴの塊だと思う。特に恋愛感情を持たない相手とさえ、こういう行為が出来てしまうのだから。

菊丸の寝顔を見ながら、俺はシャワーを浴びようと階下へと向かった。







































「…何をしてるんだ?菊丸…」

「ん?あぁ、お帰り」


シャワーを浴びて部屋に戻ると、意識を戻したらしい菊丸は、俺の本棚の所をごそごそと漁っていた。

不審気に近寄ると、俺は目を丸くした。


「…ビデオカメラ?」


何となく、菊丸が俺を誘ってきた理由が読めてきた。


「そ。さっきの俺達のセックスがばっちり録れてるの」


再生ボタンを押した菊丸が、楽しそうに画面を俺に見せてきた。

…目の毒だ。先程の熱さがまた宿ってきそうだ。


「いつ仕掛けたんだ?」

「手塚がジュース取りに行ってる間にね」


俺は熱さを無視しながら、呆れた口調で聞いた。

菊丸は至って楽しそうにしながら、ビデオカメラをパタンと閉じた。


「…それをどうするつもりだ」

「おチビの前で上映かーい♪…とか、どう?」

「不二に見せるのも楽しそうだがな」

「そだけど…。どっちにしても、もう少し溝が深くなってからかな」


菊丸は残念そうに言った。…確かに、愛し合っている今の状態で見せるのは意味がない。

お互いに心の溝が深まった所を一気に叩く。

菊丸の策略に、俺は苦笑した。


「全く…中身が見た目を裏切ってるな、お前。やる事がえげつない」

「…俺のそういうとこを、不二は気に入ってくれてたんだもん」


菊丸はスッと立ち上がると、俺に軽くキスをした。


「楽しかった?俺との一度っきりのセックスは」

「あぁ…。流石に、俺まで利用されるとは思ってなかったがな」

「それでも俺の事、憎めないでしょ?俺って得な性格だよにゃー」


にこりと笑ったその表情が、どこか不二と酷似していて…

菊丸の腰を抱き寄せ、唇を奪おうとした。

…けれど、菊丸が俺の口に手を押し当てたために、出来なかった。


「駄目だって、俺に嵌っちゃ。俺は今、おチビにしか興味ないの」

「分かってる。冗談だ」


自分の矛盾してる行動と言葉に、俺は失笑した。

菊丸も目を丸くした後、くすくすと笑った。


「仕方ないなぁ…じゃあたまに、処理の手伝いぐらいはしてあげる」

「…助かる」


俺は答えると、今度こそ唇を奪った。

菊丸もその行動を読んでいた上で抵抗しなかったようで、目を瞑って俺の愛撫を受けている。

暫く口内を味わって、最後に舌を軽く吸ってから、開放した。


「勿体無い。今の不二にしてあげれば、完璧に落とせるのに」

「不二の事は口に出すな」


俺が軽く咎めると、菊丸は大げさに肩を竦めた後、ゆったりとした足取りで部屋を出て行った。

特に見送る気分にもなれず、俺は部屋に立ち尽くし…そしてある物に気付いた。

…菊丸が仕掛けていたビデオカメラが、置き忘れてある。

いや、置いて行った。という方が正しいのだろう。


「俺に行動を起こさせたいのか…」


俺は密かに笑みを洩らすと、ビデオカメラを棚の奥に仕舞った。

いずれ使うだろう、その日まで。